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守りたいけど、壊したいもの

小さな頃からいつも、この身体を脱いでみたかった。

脱ぎたいと思いながら、それでも身体が在ることを欲望し、翻弄されるその矛盾が不思議でならなかった。


そしてまた、いつか魂だけの存在になったら一体誰を好きになるのだろうと、誰かに好意を持つたびに、そのまなざしに含まれているものについてよく考えた。例えばその人の見た目が変わっても愛せるだろうか、と。それは言い換えると、見えているものの向こうを見つめる目だ。


誰かの家に泊まる時、電気をいっさい消して、布団に入ったまま天井を見上げながら会話をするのが好きだ。お互いの存在が声だけになって、まるで銀河の片隅で、二つのいのちが静かに明滅しているみたいに思える。その感覚はどこか遠い懐かしさを含んでいる。

そして思う。たとえ容貌や性別や、時代や国が違っていたとしても、季節の花を摘んで窓辺に活け、浜辺で色とりどりの小石を拾い、大島弓子の漫画に目を輝かせ、そうやって好きなことに心が向き続けていれば、気づかずにまた出会って、こんな夜を迎えるのだろうと。


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一月の終わり頃、京都の町を雪が覆い尽くした日があった。

車道と歩道の境目が全くわからなくなった堀川御池の交差点を、原田さんと一緒に並んで歩いた。真っ白な道をふかぶかと進みながら、横断歩道の始点もわからない状況に、危ないねと笑い合う。でも同時に、なんて愉快なんだろうと思った。いつも心の底でそんな状況に出会いたかったに違いなかった。


ここを歩きなさい。ここで止まりなさい。僕らの動きを制限しているという実感もないほど意識にしみついた町の境界線が、雪によって半ば強制的に一変させられてしまっていた。ただ従っていればよかった白線というルールが見えなくなって、その代わりそこには新しい秩序を能動的に見出していく目がないと、歩くこともままならなかった。


その眺めは、町が白紙に塗り替えられたようにも見えたし、それともただ、道路ができるよりも遥か昔の状態に戻っただけかもしれなかった。そういえば、あまりにも当たり前に従っているこの道路をめぐるシステムは、たったこの数十年の決まりごとに過ぎない。ただでさえ大きな御池通りは、いつもより広々とがらんとして見えた。それは無数の制限によって見えなくなっていたその場所本来の広さだった。


この世界を分けている輪郭のひとつひとつが時に強く感じられてしまうのは、もしかしたら原田さんも同じかもしれなかった。出会った頃、大学から帰るバスの中で彼女がふいに尋ねてきた一言を、今でもよく覚えている。「守りたいけど壊したいもの、ありませんか」そう問われたときに、堰き止めてた水が流れる思いがした。

僕らは凝り固まったピントを調整するように、足跡のついていないまっさらな夜の町を、ゆっくりと踏みしめて歩いた。




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