社会的な制限を受けることで退化している

 

 

渡邊尚さんのワークショップを何度か通じて、自分の身体が求めている動きがあることを教えてもらったように感じている。

 

まず、自分の身体を「皮膚という袋に包まれた水のような物体」へと変質させていき、緩めることで変わる感覚があることを知った。そして社会的な制限を受けることで退化している身体の部位や面に、役割や存在を与え直して感覚を開いていく。初めて額が足先に撫でられたときに、身体の中にも「遠い場所」があったことに気づく。またある時、足が手になったと感じられた瞬間があって、回路が混乱するような、もやっとした体感が残った。その混沌の反復がやがて、神経の導線を書き換えていくのだと直感する。幼児期に僕らの手が手になる時も、こんな心地があったのだろうか。意識を注がれることで、触れられることで、身体の感受性は開いていく。身体を野性のレベルに戻すことで感覚領域が拡張し、むしろ進化し直していくような心踊る経験だった。

 

渡邊さんのこうしたワークを知るようになってから、自分の身体をよく触ってみるようになった。まるで、馴染みの友人に問いかけるように。そしてそのまま目の力を抜いて、耳の力を抜いて、地面に吸い込まれるようにして身体を沈めていくと、周囲に溶けていく感覚と同時に、次第に内側の音が聴こえ始める。思考の声が静まるその心地の中で出会う「自分の身体が求めている動き」は、心身の背負ってきた歪さ(むしろ身体とは生き方の癖が堆積して作られた地層のようなものかもしれない)を黙って照らす。それはいのちのような光だ、と思う。その明滅の運動が生活の場に純粋に変換されていくことを、きっと身体はこいねがっている。光のように透明な言語を毎瞬発しながら。

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