心の目でぼんやりとまなざすそこは

友人の初盆だった。

 

 

電車で片道三時間をかけて、彼の育った町へ行く。みかんが採れることで有名な、のどかな田舎町だ。駅まで迎えに来てくださったご家族の車のバックシートにもたれながら、彼のご実家へ向かった。「この辺りは秋になると畑も山も橙に色づくんです」お姉さんの声に促され、窓の外に視線をやる。六月の山には、いくつもの緑と呼べる色彩が折り重なっている。そのどれもが緑色なのだけれど、どれもが違う色だ。いたるところに低木の植わった、まるで迷路のようなみかん畑のあいだをくぐり抜けて、車は走っていく。遠くに見える山肌の青の上に、かつてそこにあっただろう景色を想像してみた。少年だった頃の彼が眺めていたに違いない、橙色の記憶を重ねるようにして。

 

 

仏壇の中には、まるで他人事のような顔をした彼の写真と、掌に収まりそうなくらい小さな円筒形の骨壺があった。「四十九日はもう過ぎたんですが、まだお墓に入れるのがしのびなくって」訛りを交えながら、お父さんがゆっくりと語り出す。その少し間延びした口調や、独特の抑揚は、彼の中に流れていたリズムを思い起こさせるものがあった。

仏前には、訪れた人たちが持ってきてくれたであろうお菓子やお花が供えられ、そこから静かな光が放たれているように見えた。六畳の仏間全体が、彼を悼む気持ちで満ちているのが感じられる、今までに触れたことのない空気だった。それはかなしみだけでもなく、やさしみだけでもなく、ちょうどお盆提灯からこぼれる水色の淡い光に似ている気がした。

 

 

おりんを鳴らし、手を合わせる。細やかに空気が震えるそのひとときのあいだ、何かがこみ上げてきそうになるのを、高く澄んだ音色がさらっていく。水面を広がっていく波紋をまぶたの奥に想像しながら、この気持ちが音の波に乗って彼の元へ届くんじゃないかと思っていた。

神前や仏前に手を合わせる時、ここではないどこかを想っている。目を瞑りながら、意識の深みのなかで彼に呼びかける。心の目でぼんやりとまなざすそこは、一体どこなんだろう。そして、そんな不確かな場所で繫がるための感性が、いつのまに自分たちに備わったのだろう。

 

 

線香の煙が生まれてはたちまちに輪郭を失い、宙に消えていく。そんなものをいつまでも眺めていたかった。散り散りになってすぐに見えなくなってしまうその流れのなかに、彼や自分のかたちの断片があるような気がしていた。それは例えばこの線香の煙のようなもので、そのひとつひとつの粒子は形を変えてもなお消えることなくこの世界のどこかを彷徨い、存在し続けている。そのわずかな塵の一点に、生と死の重なりが結像しているイメージを、その静かな一瞬の中で感じていた。

 

顔を上げると、今まで透明だと思われていた見渡す限りの景色が、さっきよりも意味に満ちた濃さとして感じられるような思いがした。もしかしたらこの世界は、そんな透明なレイヤーが、幾層にも折り重なっているのかもしれない。力をゆるめていないと触れられないようなかすかさでもって。

 

 

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